Love is forever?







 荒野の中、向かい合う男女が二人。
 お互いの利き手には一本の抜き身の剣。切っ先は間違いなく対峙する相手へと向けられている。

 大剣を片手で軽々と持つのは男。彼はどんな不利な状況に陥っても常に冷静に対処し、相手の隙を突いて戦いを勝利に導くことから、最強の剣士と呼ばれた。
 対して、女が持つ剣は刃が細長く先端に向けて緩やかな曲線を描いている。彼女は素早い動きと異国の剣術を合わせた奇抜な技で相手を翻弄し勝利を掴むことから、最強の剣士と呼ばれた。

 最強の剣士と謳われた男女は、互いに相手の力を認め合ったライバルだったが、同時に仲の良い恋人同士という一面もあった。
 彼らは愛を誓いながら、誓った相手に剣を向けて斬り合う。周りから見れば不思議な関係に見えたかもしれない。しかし、最強と呼ばれた男女はもうお互い以外まともに相手ができる剣士がいなかったのだ。

 そんな、二人の剣士について、やがて人々はある疑問を持つ。
 最強と呼ばれる存在が二人。しかし、最強とは最も強いものを指す。頂点という名の冠は一人の頭上でのみ掲げられるものだ。

 ――さて、本当の“最強”はどちらだろうか?

「一番強いのはどっちだ?」
「そりゃあ男の方だろう。あの力強い一撃を繰り出せる彼こそ最強だ」
「いやいや、女の方が強いな。見たことあるか?舞のように美しい剣技で次々相手を倒す姿を!あれを見りゃあ女が一番だってすぐ納得するぜ」
「いやいやいや、男も負けちゃいないよ。買い物先で立ち話をした商人に聞いたんだが、国の騎士隊が誰も討てなかった盗賊の頭をいとも簡単にのしちまったて話さ。あっさりしすぎて、報告を聞いた王様が本当に倒したのかと疑うほどだってんだから、どれだけすごいか分かるだろう?」
「そんな話なら女の方だってたくさんあるね。例えば、遠い西の国にいる剣豪と戦った時の話なんだがな……」

 初めは、酒屋に集まった男達の酒のつまみ程度のものだった。それが、今ではやれどちらが強いかと熱く議論を交わす光景を国のいたるところで見かけるようになり、人が集まれば、決まって誰かがその話題を口にする。人々は最強の剣士は誰?という疑問の虜となり、ついにはお城に住む王様でさえ、「あの二人の内どちらが最強なのか?誰か答えられる者はおらぬか?」と、家臣に尋ねる始末だ。
 王様の問いに家臣一同が答えられずにいるその時、前に出て頭を下げるものがいた。前に出てきたのは初老の男性で、この国の宰相だった。
「王様。王様が欲しい答えを出す良い考えがございます」
「ほう、申してみよ」
「なに、簡単なことでございます。どちらかが勝つまで戦わせればいいのですよ」

 次の日、宰相の提案はそのまま王様の命令として、男と女の元へ伝えられた。
 最強の剣士といえども国に住む以上、王様の命令は絶対。断る術も無い二人は戦うことを承知せざるおえない。  こうして、男と女は最強の剣士を決めるため、互いに剣を向け合い戦うことになった。
 戦いの場は、観衆も誰もいない場所で戦いたいという男女の頼みによって、国から遠く離れた草一つ生えていない荒野に決まった。二人の内、荒野から戻ってきた方が戦いの勝者であり、最強の剣士となる。

 人々は知っている。今まで男と女の戦いはいつも引き分けであるという事を。
 人々は知らない。男と女がどちらかが勝つまで戦えば負けた者は死ぬだろうと思っている事を。

「始めましょうか」
「あぁ」
 彼らが交わした言葉は少なく。
 静かな荒野の中、戦いは淡々と何の盛り上がりも無く始まった。

 男が容赦の無い一撃を繰り出せば、女が重ねた刃を軸に体を捻って流れるように受け流す。そこから女は体を一回転させ、槍のように剣を突出して男の脇腹を狙う。しかし、男は次の手が分かっていたようで、すぐ返す刀で応戦した。お互い、長い時間一緒にいだけあって、相手の剣術の癖や対応はほぼ熟知している。
 剣が交わる度に刃の音は高く空気に飛散して火花を散らし、幾度も鳴り響く音は楽器のようだ。刃が奏でる音色に合わせて男と女は戦いという名の舞踏を踊り続ける。  相手の肉体と精神を削り合う中、二人の力は拮抗しており戦いはどこまでも続くように思われた。
 しかし、長い戦いで疲弊した女が攻撃のリズムを崩し、一瞬動きが遅れてしまう。
 一瞬。しかし、男が隙を突くには十分な時間――。

 はっ!と女が目を見開く。
 剣を引いて男の剣先を防ごうとするが時すでに遅く、銀の刃が烈風のごとき速さで女に迫り、彼女の体は勢いよく薙ぎ払われた。
 切っ先を辿るように女の体から赤い液体がぱっと鮮やかに散る。
 薙ぎ払われた反動で後ろによろけそうになったが、女は剣を大地に垂直に突き刺して軸にすることで、どうにか倒れずにすんだ。
 荒い息をつきながら女は己の体を見下ろす。切り裂かれた部分は真っ赤に染まり、鮮血は大地へととめどなく流れ落ちている。致命傷だった。
 じっと、女はそんな己の姿を見つめていたが、やがてゆっくりと目の前の男へと視線を移す。
 男はすでに剣をおろしており、ただ、女を真っ直ぐに見つめていた。

「……見事ね」
 数秒見つめ合った後、女は一言呟くと握りしめていた手を緩めて崩れるように倒れ込んだ。

 朦朧とする意識の中で女は自分が負けたのだと理解する。もはや体は動かない。
 そんな状況にもかかわらず、女の心は穏やかだった。満ちた月のように静かで充足感に溢れている。
 ――ああ、きっと負けたことより彼と本気で戦えたことの方が己の中で勝ったのだろう。
 そう、女の中で結論づけた時、彼女はやっと男が自分の名前を呼んでいることに気がついた。曖昧にぼやけていく静かな世界で男の声だけは何故か鮮明で、女の心を激しく揺さぶる。
 女は無意識の内に手を声のする方へ向けて伸ばそうとした。もう動かないと思った腕は鉛のように重く持ち上げることは酷く困難だったが、男がすぐに気がついて少しだけ持ち上がった彼女の手を握りしめる。

「……あなたの勝ちね」
「そうだな」
「おめでとう……あなたはこれで正しく最強の剣士よ。残念なことに私は二番目」
 女は苦笑いを浮かべようとしたが、顔の筋肉が強張ってぎこちない笑みになってしまった。最期くらいとびきりの笑顔で別れたいのにと、少し残念に思う。それでも構わず、彼女は笑いながら男に語りかける。
「ねえ、最期にお願いを聞いてくれない?」
「何だ?」
「……どうかあなたは最強でい続けて。どうか誰にも負けないで」
 少しが間が空き、「約束する。俺は永遠に誰にも負けない」と、男は強くうなずいた。
 男の言葉に女は満足そうに息をつくと、静かに瞳を閉じる。そして、二度と彼女の瞳が開くことは無かった。

「約束する」
 まだ微かに温もりが残る女の手の甲に優しく口付けをして、男は彼女の腕を静かに下ろした。手はまだ握られたままだった。
 もう聞こえていないはずの女へ向けて、男は優しく話しかける。何も無い荒野の中で男の声は静かに響いた。
「約束する。俺はお前以外の誰にも負けない。誰にも倒させはしない。そう――」
 男は女の血が残る剣の切っ先を己の喉元に近づけながら、彼女に誓った言葉を唱える。その顔は、微かに笑っていた。



「永遠に」



 そうして、男と女の戦いは幕を閉じた。
 どちらが勝って戻ってくるかと固唾を飲んで待つ人々はいつまでたっても分からないまま。
 誰にも知られることなく最強の剣士となった男は女に誓った通り、誰にも負けることなく永遠に永遠に……――。


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